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「昭和の子」第31回


 鯉釣りで蛋白源確保

 その頃のわが家の蛋白源確保に僕が貢献できたのは、秋のイナゴとりか鯉釣りだった。何しろカレーと言えば、肉抜きの野菜カレーが御馳走だったから、鯉は貴重な蛋白源であった。
 家の裏は大きな灌漑用の池に面していた。裏の傾斜地の畑を駆け降りれば、そのまま天然の超大型プールに跳び込める。酷暑の日には、縁側から一気に裸足で池に跳び込むこともしばしばだった。
 この大池は土堤にある樋(水門)を切って下流一帯の田んぼを潤すもので、下流の農家の人たちが管理しているようだった。その権利を持つ人たちが、ここに鮒や鯉の稚魚を放流し、池を干す晩秋に太った魚を収穫していた。
 しかし、そんな権利など知る由もない僕たちは何の罪の意識も感じないで、鯉の大物を狙って竿を入れていた。
 餌は小麦粉の練り団子の中に蛹を入れて丸めたもの。これが一番食いがいい。釣り好きの叔父がくれた子どもには少々立派すぎるリール付きの竿で鯉を狙った。
 鯉は合わせるのはなかなか難しい。当たりをとって合わせてもほとんど逃げられてしまう。餌の団子をあの厚い唇でチョンチョンと突ついてみて、危険を察知するとそれ以上は絶対に食わない。なかなか利口者なのだ。
 それに糸を垂れればすぐに食いつくこともあるが、何時間も当たりがないこともある。あまり当たりがないと待つのに飽きてしまい、竿を土に差し込んだまま遊びに出かけ、すっかり忘れてしまうことも再々だった。
 そんなある日の夕暮れ、遊びから帰ってみると、岸辺の土に差していたはずの竿が見当たらない。盗まれたのかと一瞬慌てたが、沖の水面で僕の竿が左右に揺れながら動いているではないか。餌を丸呑みした鯉が竿ごと持っていったに違いない。
 すぐにパンツ一枚になって池に飛び込んで竿を追った。竿先が時々水中に沈むが、竿までは沈まない。竿先からテグスを手繰り寄せながら潜っていくと、テグスが藻にからみついて鯉も竿までは引き込めないようだ。鯉に近づくと、激しく右に左に走る。そのまま竿ごと岸まで引っ張って揚げた。四〇センチ強の大物だったが、僕が潜るまでにすでに相当疲れていたらしく、あまり苦労せずに引き張り揚げることができた。
 そんな遊び半分の鯉釣りなのだが、家族からは釣果を期待して待たれていた。釣り上げた鯉はすぐに盥に水を張って、一、二日はそこで泥を吐かせた。そうしないと生臭くて食べにくいのである。
 鯉で忘れられないのは、彼らの意外な生態だった。
 夏の早朝、朝陽が顔が出すか出さぬかという頃合いに渚に出て見ると、何と大小の鯉たちがまるで行列でもつくるように水際を体を横にしてバシャバシャと音をたてて泳いでいる。手を伸ばせばつかみとれそうなところである。
 これには驚いた。大きな鱗が朝日を跳ね返して銀色や金色に光る。しかし、手掴みしようと近づくと巧みに体を起こして逃げてしまう。それならと餌をつけた釣り糸を、彼らの鼻面近くに垂れてみるが見向きもしない。おそらく体についた小虫を水際の小石や砂にこすりつけてとろうとしていたのだと思う。

 そのうちどこから聞きつけたのだろうか、大人の釣り師たちがこの池に寄ってくるようになった。子どもの遊びと違って、さすがに水利権を持つ農家の人たちが、交代で監視を強めるようになり、何だか鯉釣りも泥棒のような気がしてきてやめてしまった。
 

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