ハワイに渡った海賊たち 周防大島の移民史

日系の人たちの、この開かれた考えかたと強い前進力のハワイにおける開花の、もっとも根底にあるものはなになのか、僕にとっては長いあいだ謎だった。日本の大和魂と、アメリカ人の建国の理念とが、前進してやむところのない遂行力として融合した結果である、と著者は謎を解いてくれている。僕のなかにいまも残響するハワイの日系の人たちの物語は、じつは自分の深い内部に宿る大和の物語だったか。(片岡義男氏・作家/西日本新聞 2007年10月7日付)

※片岡氏の祖父は周防大島出身、青年期にハワイへ移住した方です。



『花いちもんめ』

壇上で石牟礼さんは、終止ニコニコとして、邪気のない幼女のようで、何を発言してもソコハカとないユーモアがただよい、ユーモアいっぱいの真摯さで文学について、祈りについて、未知のものに対する食いつかんばかりの好奇心でパンクについて、町田〔康〕さん(またこの方が、美しく真摯なまなざしと声を持った方でしたよ)やわたしと語りあっておられた。(中略)
そしてこのエッセイ集は、まさにそのままの石牟礼さんが全開です。その上文章のリズムが、実にゆったりとしている。(中略)石牟礼さんの語る、日々のこと、季節の移り変わりや小さな失敗、思い出す人々、咲いた花、吹く風や鳴く猫についてのはなしを、くすりくすりと笑いながら聞いてるうちに、ふといったいわれわれはどこから来てどこへ行くのかなあという問いにまで、ひきずりこまれるようであります。(伊藤比呂美氏・詩人/熊本日日新聞 2005年12月18日付)

※伊藤さん、石牟礼さん、町田さんの公開座談会「祈りと語り」は2005年11月26日、熊本近代文学館で開催されました。


スローライフ、なんてぬるいことを言われると、「なにをしゃらくさいことぬかしとんじゃ。儂はぐんぐんのバブル外道でいったる」と思うが、本書を読むと、そこここに「神様」がいらっしゃり、暮らしのすぐ近くに、「無常」と呼ばれる死があった、かつての我々の意識や感覚を思って粛然とした気持ちになる。どういう訳か涙がこぼれる。
 世間に触れて右往左往する自身の魂を描く筆者のユーモアに笑みもこぼれる。(町田康氏・作家/読売新聞 2006年1月8日付)

台風の被害も土着の習俗も、後に優れた作家・歌人となる少女には大切な思い出。豊かな自然にふれながら、瑞々しい詩情を育んでいったことが分かる。(聖教新聞 2006年1月12日付)

水俣の風土との交感を通して、石牟礼自身の言葉で表せば、生命の源を探している。このエッセー集においてもその魅惑的な姿勢は変わらない。
 石牟礼道子は自分の中に愛すべき自然児を住まわせている。……自然児とは水俣の風土との交感ができるもののことだと言っておこう。(中略)
 人間界と自然界、あるいはこの世とあの世との境界を往ったり来たりできるような資質、狂気ではないけれど正常とも言えないと言い、そのころのさまよう魂のままに、いまはものを書いていると述べる。しかしすぐ続けて「もの」とはいったいなんのことだろうと自問している。(中略)「もの」とはここにおける馬に象徴される、このようなぞくりとする光景のことだ。夢なのか現なのか、夢幻と現実のあわいにさまよい入ってしまったかのような不思議な情感にとらえられる。(中略)
 くっきりした陰影のある暮らしを人々が送っていた時代が日本にあったのだ。そのことがなかなか信じられない。石牟礼道子の中の自然児は、読者に陰影を失ってしまったことの意味を問いかけてくる。(芹沢俊介氏・評論家/読売ウイークリー 2006年1月22日号)

『ロックを「読む」』

山口哲生氏(活水女子大学・英文学)から著者宛のメールより引用させていただきました

 読みましたよ。「テクストは批評が戯れることのできる自由な空間であり、批評は戯れつつそこに多彩な意味を産出する。」
気に入りましたよ、この言葉。だって、そうだから読む ことが楽しくなるわけでありまするよ。ロックを聞かないぼくが、『ロックを「読む」』を読めるの も、そんな多彩な意味が楽しいからです。

で、どこが楽しいわけ?

ロックから文化論を読むこと、が読めること、がです。"make my dreams come true"というたった5つのワードから、1950年のアメリカ社会、もちょっと遡ってヴィクトリア朝のイギリス社会まで、ロックを知らないぼくまでが、空想のリズムにのって覗けるたのしさ。「50年代アメリカに おける父権社会」なーんて論文は「戯れ」をゆるしてくれないから、ぼくは読まないし、仮に読んだとしても、"Come back and I'll leave you my love"の「戻ってちょうだい、そうすればあなたのためにわたしの愛をとっておくわ」か「戻ってきてごらん、わたしはあなたを棄て出ていくわ」か、どちゃこちゃわからんけどどっちもあるのが人間ではおまへんか、という「戯れ」によるがゆえの真実認識は期待できません。
 そのあたりのことが、硬軟取り混ぜた表現で語られているのが、この本の魅力的なのです。
 好きよ、嫌いよ、の痴話話めいたことと「言語活動が含有する詩的機能」が同じ重さ(軽さ)で語られる。なるほど表現文化学科、こんな芸当ができる分野を開発したとは。

「ビートルズの男の子たちの女性に対する意識はこうした思想と通底する。」
 なるほど、ビートルズって意外と伝統派なんだ。というか、人間というもの、まったく未経験の新しいものに熱狂するはずはないことを甲虫たちはよく知っていて、意識の深層をくすぐったのかも。
 ビートルズに見るイギリス文化論+男と女の深層心理学+レトリックのおもしろさ (一例「臨終をむかえた世界の心悸を想わせるドラムの響きで歌ははじまる。」 どうです、この 表現。ビートルズにしびれたことのないぼくだけど、この言葉のビートにしびれます。
「一番・二番という比較は男のランクづけではなく、じつは男と女の比較ではないか。」
 マジシャンの帽子から鳩が飛び出すのを見るような、でも納得しちゃうんだな、これが。
 日本でも「わたしバカよね、おバカさんよね」と歌っていた歌い手がいましたね。誰でしたっけ。青江美奈? 誰だったか忘れました。彼女の歌から「自己の肯定と否定という両立しがたい二つの現実」を引き出す論理は可能か、なーんて思いながら、詩的マジシャンMr. ウエミューラの言語操作に感嘆した次第です。

 テキストの「新しい意味を織る」〈ウラ・メロ〉は、著者の深い英詩の教養に裏打ちされたものであるだけに、誰にでもできることではありません。さりながら、この本は妙なる〈ウラ・メロ〉を楽しむことを誰にでもゆるしてくれます。
 ロックは聞かなくてもロックが「読める」。これマジシャンのなせるわざ。
〈ウラ・メロ〉はテキストを豊かにする。

 早く読ませてくれ、と息子が待っていますので、このへんで。

『パリ・キュリイ病院』
朝日新聞(2004年11月6日付)の著者・野見山暁治氏のインタビューで紹介されました。

西日本新聞(2004年11月6日付)文化欄で紹介されました。

「美術の窓」2004年12月号で紹介されました。

毎日新聞(2004年11月12日付)に著者・野見山暁治氏のインタビューが掲載されました。
25年ぶりの復刊に際し、全く手直しをしなかったという氏は、「若い年齢でしか書けない一途さをそのままにしたかった」と話す。
椎名其二、浜口陽三ら、交友のあった画家たちも名を変えて登場する。異国の病室で死を待つ妻、屋根裏にともる貧しい人々の灯、待つ人のいなくなった部屋……氏にとって青春そのものだったパリがよみがえる。「読み返して、おれはこういう世界にいたのか、としみじみ感じました」

西日本新聞「西日本詩時評」欄で紹介されました(2004年12月2日付)。評者は岡田哲也氏(詩人)。

読売新聞(2004年12月4日付)で紹介されました。
『四百字のデッサン』(日本エッセイストクラブ賞)などで定評のある非凡な文章力は、すでにこの“処女作”に鮮明だ。潔癖、傲慢、そして悔恨……。若いということの悲しさが胸を打つ。

西日本新聞(2004年12月12日付)書評欄で紹介されました。評者は村田喜代子氏(作家)。
八十三歳の野見山暁治はヘルメットをかぶり飄々と鉱山へ絵を描きに行く。死者は青春の過去の国にいて、生き残った者は歩き続けている。

熊本日日新聞(2005年12月9日付)「わさもん好きの読書日記」欄で紹介されました。

新美術新聞(2005年1月1日付)書評欄で紹介されました。

朝日新聞(2005年1月9日付)書評欄で紹介されました。評者は安部寧氏(評論家)。
画壇で重きをなす著者は洒脱な随筆家としても知られるが、この若書きの詩情豊かな文章、生と死をめぐる精緻な省察にその萌芽が見てとれる。

『玉葱の画家 青柳喜兵衛と文士たち』
日本農業新聞(2004年9月26日付)で紹介されました。

著者は人をして語らしむるのが実に巧みな作家で、本書も多くの資料から青柳喜兵衛の全体像を描出している。(河田宏氏・評論家/埼玉新聞 2004年10月24日付)

この一冊は、青柳喜兵衛「発見」の書である。(山本哲也氏・詩人/西日本新聞 2004年10月3日付)

東京新聞(2004年10月17日付)で紹介されました。

産経新聞「旬を読む」欄で紹介されました(2004年10月24日付)。評者は田村治芳氏(「彷書月刊」編集長)。

奇しくも今年が生誕百年目。忘れられかけていた、青柳喜兵衛の馬顔が、本書によっていきいきとよみがえった。いつかこの絵を見に行こう。久作の形見の銀煙管をふかしていた青柳喜兵衛が描いた絵を。
(※弦書房註 この絵=青柳の『天翔る神々』。本書表紙にも使用。現在、北九州市立美術館蔵)


「月刊美術」(2004年11月号)「今月の“イチ推し”本」欄で紹介されました。

(青柳の)34年間を駆け抜けた生涯を描いた評伝だが、同時に文士たちとの交流を通して、第二次世界大戦に突入しようとする時代の、前夜ともいうべき時代を掬いとる。こんな時代があり、こんな熱い思いを抱いた人々が生きたことを、同郷の著者は、綿密な取材と考証、そして何よりも彼らに寄り添って、描き出している。


「彷書月刊」(2004年11月号)で紹介されました。

熊本日日新聞読書欄で紹介されました(2004年11月7日付)。評者は板井榮雄氏(画家)。

日経新聞(2004年11月18日付)「アプローチ九州文化」欄で紹介されました。

(青柳と久作の)二人は久作の新聞連載小説「犬神博士」の挿絵画家として出会い、その関係は久作の早すぎる死によって断ち切られるのだが、玄洋社的なるもの、あるいは強大な父の桎梏から逃れるように文学や絵画に向かった二人の才能は暗示的である。
本書は、喜兵衛の交友関係を周辺の文学誌によって丹念に掘り起こし、政治から文学までさまざまな光源を交差させ、今、福岡の風土が失ったものを、陰画のように照らし刺激的である。


読売新聞(2004年11月21日付)「日曜文化」欄で紹介されました。

著者によって「玉葱の画家」と名付けられた青柳喜兵衛は、まさに故郷の友人たちと密接に結びついて、自分の画業を開花させた画家であった。…本書は今年の「日本推理作家協会賞」を『夢野久作読本』(小社刊)で受賞した著者の連投の一冊であり、地域の文化とは、中央からの受け売りではなく、その地に根ざした地域の熱い精神が生んだということを示唆している。精細な調査と明快で切れ味のよいノンフィクションである。(亜沙ふみ郎氏/「望星」〈東海大学出版会〉 2004年12月号)

「季刊銀花」(2004年冬号 第140号)読書で紹介されました。

昭和の初期を駆け抜けた、熱く優しい魂を持った画家の軌跡が生き生きと甦る。

『南蛮から来た食文化』
日本農業新聞(2004年10月10日付)で紹介されました。

大分合同新聞(2004年10月17日付)で紹介されました。

日本経済新聞(2004年10月18日付)で紹介されました。

熊本日日新聞「トモさんの読みながら書く」欄(2004年10月21日付)で紹介されました。

この本はいろんなヒントを与えてくれる。それも楽しく。


日本に渡来した「南蛮」の味のルーツをたずね、日本に根づいていった「旅」を追跡。これもか、と発見が続く一冊。(「サンデー毎日」2004年10月24日号)

朝日新聞(2004年10月29日付)で紹介されました。著者の江後さんが和菓子店「但馬屋老舗」(大分県竹田市)と協力して幻の南蛮菓子「ハルティス」を復元したことも紹介されています。

閉ざしていたはずの江戸時代に、せっせと西洋の料理に、あるいは西洋人がもたらすものに、興味を示していたこと、受け入れてきたことを示すのが、本書『南蛮から来た食文化』である。
カステラ、鶏卵そうめんのような菓子から、サツマイモ、カボチャ、あるいはスパイス、酒まで、委細にその受容の経緯を追う。…総じて執拗に調べてある。ディテールから西洋と日本の関係が見えてくる。(森枝卓士氏・食文化研究家 「週刊ポスト」2004年11月12日号)

「歴史街道」(2004年12月号)読書欄で紹介されました。

「サライ」(2004年12月2日号)読書欄で紹介されました。

日本における肉食の文化は、いつ、どのように広まったのか。意外に語られることが少ないこのテーマを解きあかしている。(「畜産コンサルタント」2004年12月号)

本書を読むと、開国以前に…かなりの南蛮料理が受け入れられていたことが分かる。つまり、「食」においては西洋化を受け入れる「近代」へ向けての素地が、すでにあったと考えられるのではないだろうか。本書によれば、いわゆる「鎖国」の時代は必ずしも海外との交流が遮断されていた時代ではなかったとする近世史観が、分かりやすく裏付けられる。(「葉隠研究」2004年・54号 評者は清水雅代氏〈佐賀県立図書館近世資料編纂室〉)

「出版ニュース」(2004年12月中旬号)で紹介されました。

1993年、南蛮国交450年記念企画のスペイン・ポルトガルの旅を契機に、幾度となく南蛮再発見の旅に出ることになった著者が、長年の古文書探査と現地調査をもとに、日本の食文化の源流は南蛮料理にありとした意欲作。(「製菓製パン」2005年1月号)

日本と世界の歴史を背景に、食材の運搬、入手、調理の方法、盛り付け方にいたるまで、貴重な記録が満載です。(赤旗/2005年1月9日付)

「週刊金曜日」(2005年1月21日号)「編集部が選ぶ3冊」欄で紹介されました。

『江戸という幻景』
日経新聞「あとがきのあと」(2004年7月18日付)に著者のインタビューが掲載されました。

江戸期の人々の生きざまを通して「現代という一つの時代を相対化する目を持って欲しい」と語る。
今や世にあふれる“江戸再評価論”とは一線を画す。「江戸期を近代の発展の準備期間や理想的なエコロジカル社会として評価するのも、日本を停滞させた暗黒時代だと断罪するのも、現代の視点からしか過去を考えないという点では同じ」とする。青年期のマルクス主義への傾倒とその後の決別を経て、近代思想を独自の視点から研究してきた。現代を批判的に相対化する姿勢は一貫している。

日経新聞「目利きが選ぶ今週の3冊」(2004年7月29日付)に掲載されました。選者は井上章一氏(風俗史家)。

歴史を現代人の思惑でもてあそぶ叙述にだけはすまいという意欲が、こちらへ伝わってくる。

江戸時代という〈どうしようもなく美しかった〉文明を生きた人々の風貌を鮮やかに描き出しており、…通底しているのは「どう“近代”を超えるか」という極めて現代的な問題意識だ。(読売新聞/2004年7月24日付)

「江戸は近代と違うから面白い。滅び去ったから面白い」。近代が切り捨てた価値観に、限りない甘露味を感じるのは著者ばかりではないだろう。読み進むうち、なんともいえぬ懐かしさや温かさを覚え、そんな心情に浸っている自分に気付き驚かされる。(読売新聞/2004年8月22日付)

「出版ニュース」(2004年9月上旬号)で紹介されました。

主に日本人による九十冊を超える著作からの引用を通して、滅び去ってしまった美しくて面白かった江戸を現出させている。…学術論文風の前著(『逝きし世の面影』)に比べ、本書は引用文を含め読みやすく工夫してあるので肩が凝ることもない。(古江研也氏・熊本電波高専教授/熊本日日新聞 2004年8月31日付)

毎日新聞「新刊じゃっく」欄(2004年9月17日付)で紹介されました。

「中央公論」(2004年11月号)で紹介されました。評者は桐山桂一氏(東京新聞記者)。

『証言台の母』
「サンデー毎日」読書欄(2004年7月4日号)で紹介されました。

小説では、父は会社員、母が医師という設定。裁判に打ち込むために退社した父の視線で裁判の経過が描かれる。(略)医療の専門用語が頻出する法廷場面が比較的分かりやすいのは、素人の夫の視点で描かれているからだろう。(読売新聞/2004年6月20日付)

実在する裁判を法廷メモから再現してフィクション化、裁判傍聴業を自称する筆者ならではの手法で展開する。単なる法廷ドラマではなく、描き出されるのは法廷という場に凝縮された、それぞれの人間の生きざまである。(日経新聞/2004年6月21日付)

毎日新聞(2004年6月20日付)で紹介されました。

医療と裁判という専門性の高いテーマを的確な論点整理で分かりやすく表現している。(朝日新聞/2004年7月2日付)

「出版ニュース」(2004年8月下旬号)で紹介されました。

「図書新聞」(2004年8月28日号)で紹介されました。評者は後藤正治氏(ノンフィクション作家)。

『動物登場』
大部分は東西の近現代の小説、それもいわゆる娯楽小説から興味深い主題を取り出しており、読んでいて肩が凝らない。
 豊富な読書体験が、連想が連想を呼ぶといった風で、動物への愛についての考察が異形の人間への愛、一般に知られたくない愛といった主題へと、それぞれ作品例を挙げながら変奏され、深められていく。
立論にはいちいちうならされるが、何より人間性の暗部に目を背けず、本音で論じているところがいい。学者であるにもかかわらずと言うべきか、さすが文学研究者だけあってと言うべきか、著者はなかなかの人間通、世間通であるようだ。(読売新聞/2004年4月20日付)

『サンデー毎日』2004年5月2日号「いのちの本棚」欄(動物に関する本を集めてあります)で紹介されました。

生きものが好きで本も好きという人にとって、魅力ある一冊だ。古今東西の本や映画に登場する動物を通して、その生態はもとより、人間心理、男女の問題、社会背景まで語られ、楽しくて含蓄がある。
この一冊で何冊分も得した気になるのは、大量で的確な引用抜粋により、数々の未読の本に誘われるほかに、むかし読んで忘れていた作品を再確認して二度楽しめるからだ。…本書は大学の授業ノートがもとになったとあるが、こんな授業をわたしも受けたかった。(西日本新聞・「風車」欄/2004年5月20日付)

『シートン動物記』『もののけ姫』など古今東西約200の小説や映画を取り上げ、動物とヒトとの微妙な関係に迫る。…(著者は)専攻は江戸文学で、(略)今回の『動物登場』では専門以外の知識も動員し、描かれた動物像を丹念に読みといている。
(毎日新聞/2004年5月21日付)

読み進むと、人間が動物に与えた悲惨さに思いが及ぶ。しかし、「動物はどんな悲惨な現実と未来しかなくても、絶望はしなかった」と、終末論の中での希望を語る。(朝日新聞/2004年5月22日付)

動物を描く作品には、もう一歩踏み込んだ読み方があることを教えてくれる。(出版ニュース/2004年7月中旬号)

『夢野久作読本』
『新文化』2003年10月2日付「地方・小通信」欄で紹介されました。

西日本新聞2003年11月1日付「近況往来」欄で、著者の多田さんのコメントが紹介されました。
久作は文壇からはみだした異端の作家。作品には日本の社会の虚妄を底辺から撃つようなおもしろさがあります…「ドグラ・マグラ」などで怪奇小説作家のイメージが強いでしょうが、そんな現代社会の矛盾を予感した久作の文明批評に強くひかれたことも執筆の動機です。(多田さん)

今回はこの謎の多い久作に的を絞り、作品をほぼ時系列的に追いつつ、その作家的成長史を追求してくれた。……私はこの『読本』の構成、作品を時系列で追うとともに、その文体や思想の変化の背後を見出していくという方法は、かなり納得が出来た。
多田氏が大きく評価しているのは、関東大震災後の東京の取材から生まれた「街頭から見た新東京の裏面」や「東京人の堕落時代」などに鋭く見えている夢野の時代感覚と文明批判の力である。それは、現代の日本、および世界が直面している一種の閉塞状況の批判にも相通ずるものとして読めるという多田氏の評価は、夢野久作の一面をよく見たものといえよう。(水澤周・ノンフィクション作家 図書新聞/2003年11月15日付)

本書は当時の世相、風俗に加え、久作が福岡で過ごした実生活のエピソードと作品を突き合わせてみることで、この作家の独自の世界の背景を浮き彫りにした評伝になっている。(日本経済新聞/2003年11月10日付)

本書では、異端の作家だった久作の生涯を数々の小説作品、ルポルタージュの解説等をまじえながらたどっていく。そこから現れる久作像は時にユーモラスで、時に社会に対して鋭い視点を持ち、小説に対しては常に真摯であり続けた、決して一面からだけでは捉えることが出来ない人物像である。(週刊読書人/2003年11月21日号)

幻想文学の先駆者として、また探偵小説の元祖として今日もなお、読者に根強く支持され続けている夢野久作。彼の独特な世界観に大きな影響を与えたものは、恐らくその出自であるかと思われる。……本書は夢野久作の生涯を追いかけつつ、彼の代表的作品について評論している。(著者の前著『夢野一族』に対して)本書はあくまでも夢野久作の生涯とその作品に焦点を絞った観点から著されている。
 従ってこの本は、たとえ近代史に関心が薄かろうが、またその逆に、文学に関心がなく、 たとえ夢野久作の作品を読んでいなかろうが、とりあえず夢野久作という作家と作品、そしてその時代を知ろうとする人であれば、誰でも興味深くかつ容易に理解することができる好著である。
(田中健之・拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター客員研究員/Yomiuri weekly・2003年11月30日号)

久作の世界に深入りしてしまった読者は、従来、とかく過剰に熱狂的なコトバで、この迷宮の謎ときに夢中になりがちであった。
 著者・多田茂治氏の筆致は、そういった狂熱ぶりとは程遠い。久作をめぐっての従来の論考や研究の成果を充分に取り入れ、消化したうえで、この作家への敬愛と親しみをこめ、その文学の魅力を静かに、ゆっくりと語っている。
(西原和海・文芸評論家/西日本新聞 2003年11月23日付、東京新聞・北海道新聞 2003年11月16日付)

夢野久作は単なる怪奇作家ではなく、作品の底には夢野独自の哲学や国家観・社会観を深く沈めた作家であった。…本書では九州日報社の記者時代に書いた関東大震災ルポ『東京人の堕落時代』や、頭山満らを描く『近世怪人伝』などを読み解き、久作がいかにして社会の虚妄を底辺から撃つ面白さを身につけていったのかを探っていく。(出版ニュース・ 2003年12月上旬号)

雑誌「サライ」2003年12月18日号「読む」欄で紹介されました。

著者は、日記や書簡類などの丹念な研究を通じて“怪奇作家”にとどまらない久作の魅力を描き出す。
「作品の底に、独自の哲学や国家観、社会観を深く沈めていた」作家として、思想の形成史や表現が読み解かれていく。(熊本日日新聞 2003年12月21日付、長崎新聞・新潟新報2003年12月28日付)

雑誌「ダカーポ」2004年1月7・21日合併号読書欄で紹介されました。

『絵かきが語る近代美術』
地元・福岡市の福岡県立美術館で行った連続講演をまとめたもので、…語り上手な人だけに、随所で独特の菊畑節に触れることができる。
藤田嗣治の戦争画を題材にした70年代の菊畑氏の著書)第一作『フジタよ眠れ』は、戦後の美術批評が避けて通った主題と、初めて真正面から取り組んだ画期的な書物であった。…戦争中、小さな自分が打ち震える思いで見上げた藤田の玉砕図から、菊畑氏はその「魔性」の秘密を探り出そうとしたのである……(本書は)『フジタよ眠れ』当時より、戦争画に対する視野が一段と広がり、知見の奥深さも増した印象がつのる。
(毎日新聞/2003年9月3日付)

菊畑氏が語る日本の近代美術史は、国家の命題を苛烈かつ自覚的に生き、押し寄せる欧化と文明の奔流の中で、逆に研ぎすまされてゆく絵描きたちの壮絶な歴史であった。……本書は、美術史ではあるが、現代を生きる一人の絵かきの身に迫る問い返しとして、歩み来たる道のりを限りなく問う歴史だといえようか。
本書はまさしく、絵かきたちの迫真のドラマであり精神の劇である。日本近代の相克と葛藤の軌跡は、菊畑茂久馬という絵かきが語る近代美術に、何より遺憾なく発揮されている。(図書新聞/2003年8月16日号)

著者は「絵かきの路地裏道草漫談」という。これは謙遜しているのではない。絵かきには、画家よりも絵をこっち側にもってくるずぶとさを込めて、路地裏には、生活のしみこんだ実体験を秘めさせ、道草こそ本道を睨んで、漫談という会話体で、論を手元にひきずりこんでいくのである。講演会の記録というが、目前で茂久さんがしゃべっているようだ。……絵のことに関心がないかたも、寄席にでも入るつもりで、まあ聞いてってくださいな。(彷書月刊/2003年9月号)

美術専門紙「新美術新聞」2003年9月11日付で紹介されました

画家である著者が、無手勝流、型破りに切り込んだ無類の「日本近代美術史」である。史家や評論家が周到に調べあげたお定まりの美術史ではなく、実際に絵筆を握りしめた描く側からの単刀直入な疑問や異論が次々に発せられて、平均的常識に汚染されている私たちを、オオッ、とのけぞらせる。
まず、先制パンチは、油絵の常識や思い込みに不意打ちを食らわせる。わが国の油絵は西欧の模倣ないしは移入だと理解しているのが大方だが…種は西洋が播いたにしろ、育てたのは庶民。漆工芸、陶磁器、浮世絵をはじめとする伝統を楽しむ下地あってのことで、初期油絵は「国産なんだ」と異論を放つ。
圧巻は後半の藤田嗣治を中心とした戦争絵画の問題。これもまた美術史からタナ上げされ、戦争画の芸術性を隠匿、不問にしてきた。そこに本当の絵画の魔性の真価を遠ざけてきたうらみがあるという。その語り口が絶妙で、ついつい読者も釣り込まれる。(田中幸人・美術評論家 熊本日日新聞/2003年9月21日付)

第一作『フジタよ眠れ』で、戦後の美術批評のタブーであった「戦争画を描いた画家」に真正面から取り組み、戦争画を読み解く道を切り開いたその〈知見の奥深さ〉はさらに増幅した。第六章「ヒトラーの近代美術抹殺」、第七章「戦争画の流転」、そして第八章「藤田嗣治の戦争画」が、殊に興味津々、説得力がある。美術批評にいま新しい流れが起こっているのではないか。(齊藤槇爾・文芸評論家 出版ニュース「ブックハンティング」欄/2003年10月上旬号)

菊畑茂久馬『絵かきが語る近代美術』が話題になっている…著書でも述べられていることの一つに、日本油絵の開拓者高橋由一が絵を描く材料、絵の具や溶き油、筆などの開発にかけた苦労がある。
絵を描く場合、何をどう描くかという表現論は無数にあるが、材料の問題と表現の企図を正面から論じる視点は珍しい。(西日本新聞「風車」欄/2003年9月20日付)

「新文化」2003年9月18日付の「地方・小通信」欄で紹介されました

現代日本にも、美術史の「語り部」たる画家が何人かいる。なかでも、本書の著者は、『フジタよ眠れ』『天皇の美術』などで、戦争記録画の正当な評価を導いた先駆者である。…最新作(本書)は、この語り部の核心をなす日本近代美術史論への待望の入門書といえるだろう。
権威ある定説は一刀両断する。黒田清輝と東京美術学校・官展に流れる主流を「西洋絵画模倣街道」と呼び、一顧だにしない潔さは、前例主義の「学者」には望むべくもない。一方、その黒田の遺作に荒れ狂う「挫折感と絶望感」を共感するのも実作家ならではの見かただ。著者は画家たちの必死な制作と正面から向き合っている。本書は美術を見直す視点を与えてくれる。(岡部昌幸・帝京大学助教授〈美術史〉 東京新聞・中日新聞/2003年9月28日付)

藤田嗣治らの戦争画を政治でなく美術の視点で評価すべきとする持論なども含め、表現にこだわってきた人らしい美術論が、機知を交えて展開されている。(福井新聞・他/2003年10月5日付)

菊畑氏は「日本の近代美術を考える場合、西洋近代美術の導入から、戦争画に至る過程をたどらなければ語れない」と話す。それを美術の門外漢という編集者が章を立て、見出しを付け、挿絵を選んだ「外野席から読み解いた本」はみずみずしい楽しみをもたらした。(朝日新聞/2003年10月18日付)

近代美術を独特の語り口で軽快に斬る…美術家の視点が生み出す、斬新かつ親しみやすい美術史です。(美術手帖/2003年11月号)

キリスト教と王侯貴族の城から生まれた西洋油絵に対し“日本の洋画は江戸庶民が育てた”などとするユニークな視点から、近・現代の日本の美術史を考察している。(徳島新聞/2003年10月6日付)

「図書新聞」2003年11月15日付に、著者の菊畑茂久馬さんのインタビューが掲載されました。

 --『絵かきが語る近代美術』を読むと、戦争画の問題は『日本近代はいったいどんな道を歩んできたのか』という問いを抜きにしては語れないですね。
 菊畑 日清・日露戦争を突破口にした近代国家の成立とほとんど同時に、日本の近代美術は生成してきているわけですね。その大動脈に、初手から戦争画というやっかいな血が流れているんですね。それは戦争ないし戦争状態の中でずっと歩んできた歴史でもあり、日本の近代美術そのものが、そういう流れの中にあったことを無視しては、とうてい日本の近代美術史は語れないでしょう。……美術批評といえども、歴史認識に無縁なはずはないのであって、問題は今日の場所から、過去を打ち据えるのではなくて、いかにしてその時点と現場に舞い降りて語れるかということが問われます。いま現在の温々とした場所から批判するのではなくて、その時点で画家たちはどうだったのか、絵筆の先にまで張り付かないと、問題は解けないと思いますね。


絵かきらしく事実と喰いちがっているところもあるが、菊畑氏の心情では歴史的真実なのである。事実だけを羅列して心情的真実を無視するから、美術史の叙述が面白くないのである。…(文中で先に紹介の)『日本美術の社会史』とともに近来の快著と思う。(青木茂氏「新・旧刊案内」/「一寸」2003年10月号)

切れば血の出るような日本近代美術史だ。先達への畏敬の念を込めてデッサンし直された歴史の像が、生命ある生き物のように、立って歩き出している。絵とは何か、絵を描くとはどのような営みなのかという問いを、死活的な問いとして問い続けてきたこの画家にして初めて書き得た美術史と言ってよいだろう。(読売新聞2003年12月11日付)

せんがいの○△□』

著者・中山喜一朗さんのインタビューが掲載されました。

せんがいの禅画に隠された謎を読み解きながら、せんがいの人となりや思想、絵画の鑑賞術までをつまびらかにした好著だ。
本書に一貫しているのは、著者の多角的視点だ。…禅画「ゆばり合戦図」を読み解くとき、著者は「優等生的解釈」と「劣等生的解釈」を用意する。…複数の考え方を示し、紋切り型では絵画鑑賞はおもしろくないとのメッセージを届ける。
…とはいえ、本書は難解さとは縁遠い。どんな「難問」にもユーモアを忘れず立ち向かっている。…「辛気くささを排し、若い読者を思い浮かべて書きました。入門書になれば幸いです」と著者。(西日本新聞/2003年8月23日付)


軽妙洒脱な多数の禅画を「自分なり」の解釈で読み解いた、型破りのせんがい論だ。
「優等生的解釈」と「劣等生的解釈」もおもしろいが、せんがいのイメージは博多の土地と人々が作りだしたという見方は納得させられる。(朝日新聞「偏西風」/2003年8月21日付)

筆者はせんがい研究の第一人者。しかし本書は、論文集や研究書といった堅苦しいものではなく、せんがいとの長年の付き合いから編み出した副題通りの「無法の禅画を楽しむ法」になっている。(日本経済新聞/2003年9月8日付)

雑誌「寺門興隆」2003年11月号「仏書book review」コーナーに掲載されました。

せんがいは、ユーモラスな禅画を数多く残した。しかし、そこに禅のどんなメッセージが潜んでいるのか、一見しただけではわかりにくい。せんがい研究の第一人者である著者が、楽しく鋭く“深読み”している。
愛すべきせんがいに著者は、研究対象と研究者の枠を超えた関係でつきあってみたと、あとがきに記している。気軽に読める禅書という一面もある。(読売新聞/2003年12月6日付)

『近代をどう超えるか』
氏は世界と対峙する自分の場所を一歩も動かず、しかもしなやかに自分の頭で考え抜いたことだけを語っている。たとえば、国家について。…国家の一員である責任をなにがしかかかえつつ、「もう一つのこの世」への憧れを抱く人々がさまざまなつながりを作り出していくことが重要なのだという。
近代は自立した個の尊厳を根拠とする思想を生んだ。近代のこの達成を手放すことなく、いかにして生活の場でグローバリズムの流れに抗していくか。
反近代やポスト・モダンの思想は実のところ、近代をまるで超えてはいない。渡辺氏が展望する「近代の超え方」は、先に指摘した国家をめぐる思考に鮮明に表れている。
対談というスタイルのよさが出た本である。『逝きし世の面影』の著者自身が、この得がたい本の視点と射程を分かりやすく解説している趣がある。(奥武則・法政大学教授 熊本日日新聞/2003年8月31日付)

渡辺氏が一貫して語っているのは、抽象的な観念によって社会を計画的に作り替えようとする思想に対する断固たる否定。イスラムのテロも、理念によって人々を指導しようとしている点でブッシュと同根と喝破し、それを養護するのは思想的犯罪と言い切る。
「近代をどう超えるか」という問いへの明確な答えは用意されていないが、そのヒントは随所にちりばめられている。(毎日新聞 「新刊じゃっく」/2003年9月5日付)

本書での対談者のお一人、榊原英資氏が日本経済新聞「半歩遅れの読書術」で本書を紹介しています。(2003年9月7日付)

<僕は、環境破壊とかいうけれども、それ以上に人間の心が破壊されるのが問題ではないかと思っています。根っこを断ち切られていく。自然との根っこ、人間の根っこですね>…江戸の視点からの近代捉え返しから、水俣と石牟礼道子の読み方、9・11テロとグローバリズム、知識人のあり方まで、近代を超える思想を問う著者と7人の論客との対談集。立場の異なる対談相手を通して著者の主張が鮮明に。(出版ニュース/2003年11月下旬号)

グローバリズム=米国という思いこみにひそむ欠落や、小さなものや地域性をどう守るか等々考えさせられた。(佐伯修「今月の本」 旅行人/2003年12月号)

『ヤポネシアの海辺から』
深く静かな世界だ。それでいてゆたかに広々としている。(略)口からこぼれ出る言葉のかずかず。長い時間をかけて海の底からここに届いた美しい貝のようだ。
やがて対談はふたりの創作の源へとすすんでゆく。そこにあるのは作家をはぐくんだ土地の繊細な文化が失われたことへの「哀憐ただならない気持ち」。そして書くことを自らの役割とした強い意志だった。(与那原恵・ノンフィクションライター 中国新聞/2003年6月8日付、埼玉新聞/同日付 他)

二人の対談は、自らの深い体験を踏まえて、自然と人間の根源的な関わりのあり方を縦横に語ったものとして注目されるだろう。(岡本恵徳・琉球大学名誉教授 朝日新聞/2003年6月7日付)

こんな本が目にとまると非常に得をした気分になる。(略)食。衣と住。声・歌・木・性・神。そして古里・祝祭・言葉・文化。厚い本ではないが、実に多くのことが縦横に語られている。若い読者なら「丁寧すぎる」と思いそうな言葉遣いに、久しく聞かない「たしなみ」を感じた。(読売新聞/2003年6月1日付)

どこを読んでも面白いのだが、やはり強調すべきは両氏のことば・声の一種の天上性であろうと思う。身は、むろん現世にある。今のこの荒れ果てた時代の現世にあって、しかし両氏の目は、過ぎ去った、とうに失われた遠い、遠い昔に注がれている。
この対談の基底に流れているモチーフは、人の心の「母層」にあるものとは何か、という問いである。(松原新一・文芸評論家 読売新聞/2003年6月23日付)

この対談は十二年前に行われたものだという。巻末に解説を書いた前山光則(作家)は「この長篇の対談は捕れたての魚のようにみずみずしい」と述べている。それは、対談の主題となっている事柄が現在、ますますあからさまに、深刻になっているためでもあろう。
ヤポネシアの思想とは海に向かう思想であり、陸地の思想ではないということをこの対談集は示唆している。(川満信一・詩人 図書新聞/2003年6月28日号)

美しい言葉が聞こえてくる。……二人に通底する原風景の一つが海辺である。そこから縦横に発せられる言葉は、現代日本がなくそうとしている言霊のように聞こえてくる。(江口司・民俗研究家 熊本日日新聞)

雑誌『クロワッサン』617号の特集「女が惚れる女とは」の記事「女と女のいい関係を描いた小説と映画」の中で取り上げられました。選者は与那原恵さん(ノンフィクションライター)。
「互いの作品をとても尊敬しあっている。また、自分たちが書かなくてはならない意志みたいなものを共有している関係がいい」(与那原さん)

「スミセイBest Book」2003年11月号で紹介されました

神秘的な海辺の美しい景色や、日本に古来伝わる自然と共に暮らす生き方を、生きた言葉から知れる貴重な一冊。そこには豊かな大自然とのすこやかな交歓がある。(松浦弥太郎・m&Co.booksellers 装苑/2004年5月号)

『地底の声』
生身の労働者でなければ撮れない炭坑労働の最前線に、克明にレンズを向けた。
炭鉱と労働者たち。そのありのままの姿を後世に伝える本書は、産業史のみならず生活史においても貴重な資料といえる。(熊本日日新聞/2003年5月23日付)

坑内は常に危険と隣り合わせ。「撮影は『命がけ』。社内でも、写真を撮らせてほしいという申し出は、当時誰もしなかったと思う」と高木さん。
弁当を広げる仲間の笑顔など休憩時間の風景も残っており、地底で働いた男たちの実像が伝わってくる(読売新聞/2003年6月10日付)

すべての写真は前回(出版の写真集)のものとは別のもの。これで、すべて手持ちの写真を公開したことで、今回は完結篇と位置付けている。(有明新報/2003年5月20日付)

『雷鳴福岡藩 草莽・早川勇伝』
早川に限らず、福岡で生きた若き革命家の群像や、薩長筑と称されながら、明治維新から脱落していった福岡藩の姿など、歴史ファンにも興味深い内容が盛り込まれている。(日経新聞/2004年7月26日付)

なぜ勇が勤王運動に邁進するようになったか。著者は勤王の志士たちとの交わりからたぐって、節度をそなえた日本人の原型を描き出している。(西日本新聞/2004年8月8日付)

宮崎日日新聞(2004年8月22日付)で紹介されました。

西日本新聞(2004年8月10日付)で紹介されました。

毎日新聞(2004年8月19日付)で紹介されました。

『漂泊の詩人 岡田徳次郎』
(再刊にあたっては)新たに見つかった資料などを加えて大幅に手を入れ、岡田が発表した詩のほとんどを収録している。
破天荒な人生にもかかわらず、五人の話に岡田への温かい思いがあふれているのは、著者の思い入れのせいかもしれない。(西日本新聞/2004年5月30日付)

読売新聞(2004年5月9日付)で紹介されました。

河津さんは「前作を読んだ岡田氏にゆかりがあった人から新たな資料が寄せられるなどした。十六年間で蓄積した情報をもとに、さらに深めたいと思った」と新装出版した理由を説明。「岡田氏は文学に打ち込んだ“文学の鬼”という印象。特に詩が素晴らしく、多くの人に読んでもらいたい」と話している。(大分合同/2004年5月20日付)

毎日新聞「新刊じゃっく」欄(2004年5月28日付)で紹介されました。

産経新聞読書欄(2004年6月13日付)で紹介されました。

熊本日日新聞読書欄(2004年6月13日付)で紹介されました。

西日本新聞「西日本詩時評」欄(岡田哲也氏・詩人)(2004年6月25日付)で紹介されました。

この本が語るのは、戦中戦後という時代、いかに文学が凛然として文学であったか、また文学と格闘したひとりの男がいかに(世間一般的な意味でなく)幸福であったか、ということである気がしてならない。
 
ところどころに挿入されるこの無名詩人による詩が、何よりもそのことを伝えている。ここに描かれる風景や、人と人とのつながりも、過ぎ去った遠く美しいものとして心に残る。(角田光代氏・作家/読売新聞2004年7月4日付)

「ダカーポ」読書欄(2004年8月18日号)で紹介されました。

「出版ニュース」(2004年8月上旬号)で紹介されました。

読売新聞「時評」欄(松原新一氏・文芸評論家 2004年8月24日付)で紹介されました。

『大豆と豆腐の料理ノート』
未熟児で生まれ、病弱な幼少期を送ったという(著者の)深町さんは栄養バランスのよい食生活の重要性を若い頃から痛感。「食は豊かな生活の基盤になるもの。市販のものではなく、身近な材料を使った手づくりの料理こそが健康な身体と精神の源」と言い切る。同書では…総菜からデザートまで和、洋、中華風の彩り豊かな手料理が楽しめる。(西日本新聞 2005年1月21日付)

読売新聞発行「わいわい倶楽部」(2005年1月28日付)で紹介されました。

『ヨーロッパ・映画の旅』
名所案内や名画案内ではなく、一人の映画人としての「活動報告」と著者は言うが、その見方は映画に魅せられ、同時代を生きた人たちの旅の助けにもなる。(日本経済新聞 2005年1月24日付)

名所案内や優秀映画の案内とは違うが、「映画の舞台に実際に立ってみたくて旅に出た」高揚感が伝わる。映画ファンには旅へのロマンを、旅人は映画へといざなう本だ。(朝日新聞 2005年2月4日付)

『水俣病研究 3』
熊本日日新聞(2004年6月21日付)で紹介されました。

熊本日日新聞「わさもん好きの読書日記」(2004年7月8日付)で紹介されました。

日経新聞読書欄(2004年10月4日付)で紹介されました。

『季語別 岡部六弥太全句集』
1926生まれ、終戦の年の1月に門司港より釜山へ、そして新京へ。終戦後、捕虜収容所を脱走、引き揚げ。以後の激動の戦後復興期……。この全句集は、まさに「昭和の子」の歴史と言える。
平らかならざる人生の刻々を、率直に喜び、全霊をもって嘆きつつ諷詠し続けた強さを、この分厚な一集は熱く伝えてくる。「俳句」への、全幅の信頼の一書といえよう。(寺井谷子 『自鳴鐘』発行人/朝日新聞「文芸リポート」欄 2004年6月26日付)

季語千四百余、収録句五千八百余、「諷詠六十年の集大成」である。「時代を写し、人間を謳う」全篇三百三十頁の質と量に圧倒される。(岩岡中正 熊本大学教授・俳人/読売新聞 2004年7月30日付)

『やまぐちは日本一』
毎日新聞(山口版/2004年4月8日付)で紹介されました。
「自分の人生は川」という川漁師、山を守ろうと広葉樹のマロニエを植える活動を続けるボランティア、「不耕起栽培」に挑戦する農協職員ら、地に根ざし、独自の視点で地域の問題に取り組んでいる人々の生の体験が詰まっている。
「この本は学生たちに向けたいわばお見合いの手引書。登場人物に興味を持ったら、話を聞きに行けばいい。大学人に対しては、こういう授業のやり方もあるよというメッセージ。地域の人には、山口の素晴らしさをもっと知ってほしい」と安渓教授は言う。

「サンデー山口」紙(2004年4月7日付)で紹介されました。

西日本新聞(2004年4月10日付)で紹介されました。
−−地元の人を招いて講議されていますね。
「大学時代、人類学を学び、フィールドワークの楽しさに目覚めました。大学院の時西表島やアフリカに渡り、『地域が学校であり、地元の人たちこそが先生である』と体に染み込んだのです。学生にとっても、また聞きの話や本の知識より、現場の元気と知恵をもらう方が直接肌で学べます。」
−−『やまぐちは日本一』とタイトルにつけられましたが。
「山口は当たり前の自然が当たり前にある。これは素晴らしい財産。日本一という表現は、それだけの誇りを持ってほしい、という思いからです。地元の人たちに気付いてほしい。」

中国新聞(2004年4月13日付)で紹介されました。

『肥後細川藩幕末秘聞』
毎日新聞(大分版/2003年10月24日付)で紹介されました。

朝日新聞(2003年10月24日付、「ほん 郷土へ郷土から」欄)で紹介されました。

著者は郷土史家や大学の研究者らの協力を得ながら、地元の図書館や大学はもとより国会図書館や茨城県水戸市の図書館などにも足を延ばして史料を探索する。…事件のほぼ十年後に郡代が自刃していることに、著者は注目する。二つの事件が次第に接近してくる経過や、虐殺の生き残りがいたという伝承を裏付ける墓を発見するくだりなど、スリリングでさえある。(読売新聞/2003年10月25日付)

内容は、ノンフィクション「肥後細川藩幕末秘聞」の、次々とわくわくさせる探索行と、哀切のフィクション「悲愁の丘」からなっている。……本書は十年前、講談社から発行したが、好評で残部なしとなっていた。それを今回、新たに写真や図表を加え、内容も大幅に手を入れ増補して刊行した。それだけに、著者の本領である、清冽なエンターテイメント性がより深まり、すべて細川藩のため自ら犠牲となった荻(弦書房註・細川藩士で実学党の荻昌国。後に小国郡代。映画評論家荻昌弘氏の曾祖父)の復権がより確かに感じとれる。(緒方惇・詩人 熊本日日新聞/2003年11月9日付)

『自分の身体を知り健やかに生きる』
健康であるのも不健康であるのも、主体は自分自身であり、医者や治療者に委ねられるものではない。そうした思いから、自然に生きるための提案がつづられる。(長崎新聞/2003年6月8日付)

『百合若説話の世界』
坪内逍遥、津田左右吉から新村出、柳田国男や金関丈夫、さらには米国人ヒッバードら比較文学や民俗学による研究の足跡を追い、全国四十四カ所に伝わる説話を紹介する。百合若説話の百科事典ともいえよう。
著者は、多様なバリエーションは語り手による工夫よりも、聞き手側からの要請があったのではないかと、伝承の核心にふれている。(西日本新聞/2003年7月6日付)

各地の百合若伝説の内容の分析や比較分類もていねいになされており、なぜ広範囲に伝わったのか、などあらたな興味もわいてくる。(読売新聞/2003年7月12日付)

『山日記 山懐に抱かれて』

著者の大内さんのインタビューが掲載されました。

今年で登山歴がちょうど20年になり、書きためていた山日記を出版した。……83編を写真付きで収録。参考コースと時間、交通手段なども付記した。
「山に登ると心が癒され、忘れられない人や歴史ロマンとの出あいもあった。そういう部分を感じてもらい、山に興味を持ってもらえれば」と大内さん。(朝日新聞/2003年7月12日付)


多くのエピソードも織り込まれ、単に行動の経過を記録しただけではない、味わいのある読み物として楽しめる。
黒田節のモデル母里太兵衛と名槍日本号の話。そのゆかりの地を訪ね遠い昔をしのぶ。このような山+(プラス)挿話の数々が読み手を引きつける。(岳人/2003年10月号)

誤解を恐れずにいえば、特に著名でもない普通の山好きな女性がしたためた山日記。取り立てて高い山に登るわけでもなく、ただひたすらにピークをめざすわけでもなく、身近な山を中心に淡々と歩いた二十年の記録である。ゆえに素朴な味わいがある。山歩きの原点ともいうべき哲学とスタイルと優しい眼差しがある。地味だけど、すごくいい本だ。(Green walk/No.8 2003年秋号 ※『Green walk』は九州発のアウトドア雑誌です)

一回の山行が3〜4ページにまとめられているので読みやすい。同じ山が何度かとりあげられているが、山行ごとに山のちがう魅力を描き出しているので、退屈しない。伝説や歴史も調べてあり、女性独特の細やかな観察眼が光っている。(山と渓谷/2003年12月号)